駅公共交通一体型都市開発 - Transit Oriented Development

大阪梅田は世界最強の駅公共一体型『混沌』都市

日本の都市再生の大きな潮流として、広大なフロンティア再生型(テーマパーク創出型)のプロジェクトと並んで、駅公共交通一体型都市開発(Transit Oriented Development)が挙げられます。その中核をなすのが、日本が誇るユニークな建築プロトタイプと言える『駅ビル』。西日本に目を向けます。日本を代表する駅ビル建築の西の横綱は、JR西日本が開発した「大阪ステーションシティ」です。2011年5月に開業した「大阪ステーションシティ」は、従来から営業されてきた「アクティ大阪」を改装したサウスゲートシティ、駅北側に新設されたノースゲートシティを中心に構成され、西日本最大のターミナルであるJR大阪駅構内を巨大なガラスの大屋根が覆うとともに、様々な建築プログラムが立体的に連結される圧巻のコンプレックスとなっており、その総床面積は約53万㎡に及びます。

事業主体のJR西日本には1997年に完成した京都駅ビルという成功体験がありました。日本の鉄道駅舎としては異例の国際指名コンペ方式で建築家が選定され、高さ論争、景観論争を巻き起こしただけではなく、巨大な大屋根の下に収められたコンコースを中心とした建築計画が商業施設運営の観点から収益性に疑問符が付けられたものの、蓋を開けてみると、商業施設の想定以上の売上高実現のみならずJR京都駅の訪問客増加という結果につながったのです。今でもJR京都駅に降り立つと、原広司氏によるストーリー性に満ちた建築的仕掛けの知的冒険は、表層的な歴史的・伝統的建築物への迎合という陳腐なソリューションを乗り越え、古都に魅力溢れる駅空間を現出せしめているのを実感します(政治的言説に巻き込まれ外苑周辺の環境との不調和と非難され、アンビルトとなってしまったザハ・ハディドの新国立競技場もこのような独自の価値を発信できていたのかもしれません)。

JR京都駅ビルの成功に弾みがついたJR西日本は、所管最大の駅ビルとなる大阪駅についても大胆な建築計画を進めました。大阪ステーションシティは、JR大阪三越伊勢丹、大丸、ルクアという核商業施設を中心に、各種中規模商業施設や専門店を誘致するとともに、松竹、TOHOシネマズ、東映グループという大手三社が共同運営する西日本最大級のシネコン、ホテル、駅ナカ保育所やスポーツクラブに至る複合機能がオフィスビルやJR西日本の駅、バスターミナル等の交通結節点機能と融合されています。これらの各機能は複数の広場や人工地盤等、標準化されていてデザイン面の新味はないものの手堅い建築ツールによって立体的に連結されていて、おそらくこれだけの規模と交通手段の選択肢を備えた業務・商業集積は海外のどこにも存在しないのではないかと思わせます。まさに都市の中の複合都市といった様相です。

全7駅13路線へのマルチアクセスとは

さらに、24年現在、大阪ステーションシティの西側に新たな駅ビル「イノゲート大阪」の建設が進められており、24年秋開業とのこと。大阪駅西側開発エリアの玄関口に位置し、周辺施設とは2階連絡通路で接続することで、歩行者回遊動線の起点となるとともに、2023年3月18日に供用開始したJR大阪駅の新改札口(西口)と直結するほか、全7駅13路線の快適なマルチアクセスに対応するという圧巻の駅公共一体型。『バルチカ03』(飲食スペース)の一部は30代から50代の男性をメインターゲットとした横丁ゾーンも配置され、大阪で親しみを持って使われている「おっさん(03)」の意味を併せ持つとのこと!

世界最大級の一体型都市 - 大阪梅田

大阪駅周辺の本領は、この「大阪ステーションシティ」が巨大な地下街と歩行者ネットワークによって周辺の大規模開発とコネクトされていく様にあるといって良いでしょう。国内最後の一等地と言われた大阪北ヤードの再開発である「グランフロント大阪(第1期)」「グラングリーン大阪(第二期)」は「超機能複合開発」の模範生ともいえるプロジェクトですが、「大阪ステーションシティ」とデッキで直結されています。また、日本最大といわれる地下街ネットワークを介して、梅田阪急ビル再開発、阪急梅田駅周辺の茶屋町再開発、西梅田鉄道用地跡地の「大阪ガーデンシティ」等と有機的・面的に一体化し、国内最大規模の交通・商業ハブを形成しています。「大阪ステーションシティ」から「グランフロント大阪」に至る立体都市の情景、難波駅や天王寺にも存在する大きな吹き抜けの空間、JR京都駅の壮麗、等、関西人は思いのほか建築的大空間好きなのかもしれません。

ちなみに、梅田阪急ビルとして建替が行われた「阪急百貨店」は、1920年に阪急電鉄が神戸線、伊丹支線の開通に合わせてその乗客を増やすために東京の老舗百貨店である「白木屋」の出張売店として創業した世界初のターミナルデパートともいわれています。阪急電鉄は、梅田を始点に伸びる沿線の住宅開発だけではなく、宝塚歌劇団や野球場の建設等、文化・エンターテイメントの要素も導入することで沿線付加価値の向上を図った先駆的ビジョンも有していたのですが、この沿線付加価値ストーリーは、今でも大手民鉄各社の経営戦略の根幹を占める発想であり、一部はJ-REIT(不動産投資信託)のエクイティ・ストーリー(株式を投資家に購入したもらうためのセールスポイント)としても全面的に掲げられています。

「大阪ステーションシティ」を核に、「グランフロント大阪」「グラングリーン大阪」、梅田阪急ビル、阪急茶屋町や西梅田等が、地上の歩行者デッキと広大な地下街で有機的一体となって形成されている商業集積での時間体験は、海外の大型プロジェクトではなかなか得られない多様性に満ちたものになっています。商業店舗には、世界基準とも言えるトップクラスのラグジュアリー・ブランドだけではなく、国内のさまざまなセレクトショップや専門店が集中しており、およそ1日では回りきれるものではなくなっています。梅田地域の大型書店の売り場面積合計は約2万㎡に達し、蔵書数は600万を超えています。飲食については、筆者は個人的に梅田周辺の集積が日本一だと感じています。大規模開発プロジェクトに必ずグルメ本で特集されるようなユニークなレストランエリアが新設されるわけですが、同時に、新規に建設されたこれらのメガストラクチャーの隙間の至る所にアジア的ともいえる地場の商店集積が残っておりリーズナブルに旨いものが食える、これらの混沌としたミックスが食の体験に一層の濃密さを与える結果となっています。食のハシゴを通じて浮かび上がる、大規模プロジェクトと既存ストックの芳醇なシナジー効果、これがなかなか海外の都市で発見しがたい独自の価値となっています。

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