今も魅力を放ち続ける近代建築と都市計画

Mvibesによる都市計画史振り返り

近代建築の規範に沿った超高層ビルの金字塔、シーグラムビル(ミース・ファン・デル・ローエ/フィリップ・ジョンソン設計、1959年)
出所:http://www.375parkavenue.com/History

現代のラグジュアリーレジデンスにも通じるものがある、濃厚な古典的美学が濃縮されたミースのバルセロナ・パヴィリオン
出所:https://www.archdaily.com/109135/ad-classics-barcelona-pavilion-mies-van-der-rohe

建築・不動産はそもそも何故用途分化されてきたのか?

都市の建築・不動産の使われ方=プログラムのあり方は大きく変わっています。妖艶な存在感を放つ近代建築遺産がベンチャー企業、クリエイターのためのシェアオフィスや会員制倶楽部に活用されたり、不動産投資市場では取り残されてしまったBクラスストック(床面積が小さくてテナントリーシングの競争力を失ったり、遵法性に問題があって金融機関からのローンが取れない物件、等)が時間貸しで様々なイベントに使われたり、そして今や駅ナカ空間は日々の消費とエンターテイメントの場であることにとどまらず、ボックス型のワーキングスペースとしても貸し出される、というように。クラウドやIoT、働き方改革を後押しする様々なテクノロジーのおかげで、人々のアクティビティはそれが行われる容れ物からはますます自立して拡がりつつあります。

一方で、不動産金融市場の投資家は依然、「自分は東京のオフィスに投資したい」「物流施設に着目している」、等アセットタイプによって厳然と区分された投資戦略を持っています。これは日本だけではなく欧米でも変わりません。特に最大の不動産金融市場である米国においてはそれぞれのアセットタイプ別に専門分化したアセット・マネジャーの職能が高度に発達しています。投資運用のみならず、不動産開発においても、都市計画上の用途地域は今でも最も重要な与件の一つです。そもそも、建築・不動産は何故オフィス、住宅、商業施設、というように特定の用途に分類され建設されてきたのでしょうか。

機能分化と装飾の排除 - 近代建築のエッセンス

近代化とは工業化の歴史でもありました。19世紀後半から20世紀前半にかけて、近代都市計画の発端は、工業化して環境が悪化していく一方の都市部と裕福な上流階級の居住地を分かち、居住地の資産価値を守る、という観点がその原点にあったと言われます。今の都市計画の根幹でもある用途地域制やゾーニングと言われる用途規制はそこから発展してきたものであります。

近代都市計画の概念と思想はル・コルビュジェが主導するCIAM(近代建築国際会議)が1932年にまとめた『アテネ憲章』によってその方向付けが明確になり、第二次世界大戦後の世界中の都市計画がこれに沿った形で進められていくことになります。『アテネ憲章』では、未来の都市計画は四つの機能、「住居」「労働」「余暇」「交通」の明確な分離がカギになり、それが実現したのが機能的な都市である、と定義しました。機能毎にゾーンを分離し、そこに建設される建物の用途を規制した今の都市計画の仕組みの原点です。下に見るようなル・コルビュジェの『輝く都市』のイメージはさすがに現在の感覚からは古臭く感じますが、新興国の大規模都市開発や旧共産圏の都市計画では今でも重要な規範として機能していると言えます。

このような「用途純化」の都市計画、というプラットフォームに乗っかる近代建築にはどのような属性が求められたのでしょうか?基本的には19世紀以前の様式建築を否定し、工業生産を前提にした機能主義・合理主義のデザインです。ル・コルビュジェは近代建築の五原則として、ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面、を挙げました。ミーズは"less is more"=より少ないことはより豊かである、を標榜しました。アドルフ・ロースは「装飾は犯罪である」と喝破し、建築は用途や素材に沿って設計するべきであり、装飾を付けるのは原始人の刺青のようなもので、文化の程度が低い、とまで言い切ったのです。

このような規範に導かれた近代建築スタイルは瞬く間に世界に広がり、今でも経済合理性を最重要課題とする投資リターン追求型の不動産開発では最も優れた解を提供しています(ル・コルビュジェのサヴォワ邸やミースのシーグラムビルのコピーは世界中で大量生産されてきました)。

左から順に、旧共産圏の都市のようなル・コルビュジェ「輝く都市」のイメージ(「ヴォアザン計画」(1925年))

コルビュジェの「輝く都市」は現在の生き続ける:ハノイの郊外都市開発(出所:www.1818lao.com)

同じく近代建築の教科書的存在であり、近代建築不朽の名作、ル・コルビュジェ「サヴォワ邸」

あなたの街にもある「サヴォワ邸」:都市に無数にある立体駐車場

それでも『建築』はストイックになれない

そのような近代建築の金字塔の一つと言われるのが、ニューヨーク・マンハッタンに聳え立つ近代超高層オフィスビルの本尊たるシーグラムビルです(1959年竣工)。近代建築の三大巨匠と呼ばれるミース・ファン・デル・ローエとフィリップ・ジョンソンの共作。構造材を示唆する外壁のマリオン、ガラスウォール、ゾーニングによる斜線制限を逃れて端正な箱を実現するために考え出された足元の空地、等現在のオフィスビルのデザイン要素を全て先取りしています。

一方で、細部を見ていくと本当にこれが"less is more"を標榜した近代建築の伝道師の作品なのか?というひっかかりが出てきます。

2016年に閉鎖してしまいましたが、The Four Seasonsというラグジュアリーを極めた高級レストランがシーグラムビルに入居していました。The Four Seasonsの内装はフィリップ・ジョンソン自らが手掛けたと言われています。高い天井の空間を覆うフレンチ・ウォールナットのパネル、天井から吊るされたリチャード・リッポルドのブロンズ・アート、ピカソのタピストリー、ミーズを含めたデザイナーの手によるモダニズム家具の数々、絢爛豪華な現代アートのデモンストレーションでした。結局、どんなにストイックに近代建築の理念を語る建築家も、実際の物質に手を入れる瞬間に透明性、抽象、合理性、とは対極にある濃厚さ、具象、美意識と様式美、に駆られてデザインを洗練させていく、ということなのかもしれません。『建築』の本質とはそのようなものなのではないか。現在のシステム志向、仕組み思考とは真逆のはたらき。

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